太郎日記

帰国!

2008年03月18日


帰国したぞよ、皆の衆。

 えっ、何処から?
え〜っとまだ、言ってなかった??
バスコダガマが、初めて見染めた大陸。

はい 南アフリカに行ってました!!
ほんの20日間ほど。半分撮影で残り半分一人旅。

これが、33歳にして我が人生、初の一人旅。
意外でしょ?

思い返せば、16歳からすでに社会人。
さみしがりやの僕ちゃんにとって、一人旅チャンスもなく、いつも旅と言えば家族かスタッフが近くにいた。

でも、待てよ、僕ちゃん、地獄の一人旅への誘いは確か11歳だった。
皆さん、災難は、、好むと好まざるに関わりなく、予期せぬ時に火の粉のように襲ってくるもの。

今、思い返しても冷や汗が出るような、おぞましい体験は、
僕ちゃん小5の夏
親戚が住む栃木で行われる、北関東一の花火大会へ向かう新幹線車内で突然炎のごとく勃発した。

家族内紛争に平和維持で介入しようとし、返り討ちに遭い、挙句の果てに、
国際軍事法廷よろしく、東京駅で、ひとかけらの憐憫の情も見せず 冷たく母君様に告げられた。

「おやおや、可愛い坊や。そこまで この母君に生意気言い盾突くおまえは、すかり自分のアイデンテテイーが確立し、自信も出来たと宣言したも同様。
広い東京、先の行程は、今からお前自身稼いだお金で、立派に宝塚のお山まで戻ってお行き。」

そう言い捨てたかと思うと、華やかな嬌声あとに残し、我が愛しの肉親たち、雑踏の中へと煙のようにかき消えていった。
この、気力を失い、痛恨の思いにうな垂れ、途方にくれる僕ちゃんなど、まるで存在しなかったかのように一瞥もくれずに。

夢でしょう、夢ならいい。
ポケットの中でわびしい百円玉ゆっくり一枚づつ何回数え直しても、700円は700円。
さ〜てこれからどうする?
 
あの時の一挙手一挙動、全てフィルムに焼き付いていればスピルバーグが僕ちゃんを主演でETを撮り直す、と言い出す位に素晴らしい演技の連続。
気が付けば鈍行列車に揺られ所要時間30時間、宝塚まで敗走した。

この経験を、一人旅と定義せず、初めてのお使い、とした場合にのみ
今回の本題、33歳初めての一人旅。と言うお題が成立すという事をお断りしておく。

さて、今回 何故いい歳こいて一人旅なのか?
最初は2人旅だったが、実はドタキャンされた。

今回の番組が企画段階時
南アフリカについて調べると、かなり治安が悪いらしい。
そう言うことか。そうなりやあ僕チン、1人より二人と即断に至り、いつものあ奴に白羽の矢をたてた。

彼の地でホールドアップに遭い身ぐるみ剥がれても、あ奴なら、僕チンおいてけぼり、逆に足を引っ張られる可能性も高そう。
だが、悪者の体臭を嗅ぎつけたり、何かしら野生の勘くらいは働かせ、ちょぴっとばかし、お役に立つやも知れぬ。
という期待を込め いつもの僕ちゃん専任見守り役に、早めに声をかけておいた。
同じ趣味を持ち、時間と金には余力がありますと、始終念仏のように、のたまう、あやつに。

あ奴とは何十時間も、まだ見ぬ憧れの彼の地 J-bey のサーフィンビデオを仲良く観賞したり、
南アフリカへの期待を夜明けまで熱く語り、ときめきを共有。

が、な、なんと、余りにも突然、出発1週間前に 腰ぬけチキン野郎から行けそうにないとの電話。
お前〜〜〜。 怒ったぜ。  だって、33歳初めての一人旅だぜ。      
でも、怒りは長くは続かない。自慢じゃないが、母親譲りのアッサリ気質。いとも簡単にクールダウン。                                                                       
  
南アと言えば、地球上のサーファー誰もが、一度は行きたいと憧れるメッカ J-bey。 
伝説のサーフスポットが存在する。 そんな憧れの地でサーフィンをし、
じっくりと一人の時を持ち、思いっきりサーフィンしたり 一人自分の人生振り返り反省したり、遠い未来を思考したり、
普段間遠くなっている、知性と思考力に磨きをかけ、気づきを与えてくれる僕の師匠代わりの沢山の好きな本を読んだりと、
これからの人生について、ゆっくりと思いをめぐらせる時間が欲しかった。

仕事、サーフィン、遊び。
この3つで今の、僕の人生のキャパシテイーは満タンになっている。
今の自分に3年後、5年後、10年後、明確なビジョンは描けているだろうか?

どんな自分になりたいか?
今の僕の脳裏を横切るのはやはり
「サーフィン上手くなりたい・・・」

社会人16年生 山本の体内時計は おそらく小5のまま止まっている。
アジャストせねば・・・